【2030年問題】バイオマス資源は取り合いになる?「SAF」に渦巻く大問題を解説!

バイオマスコラム

私は先日、2024年5月13日から3日間開催されるカンファレンス「バイオマス・イノベーション・アジア 2024」に参加してきました。

グローバル規模での「バイオマス・バイオマス燃料」に関する最新情報が得られる“アジア最大級のイベント”です。

本記事では、このカンファレンスへの参加で得た「気づき」と「将来予測」について、皆様にご報告したいと思います。

1.ホットな重要テーマはやっぱり「SAF」だった!

私はバイオマスコラムで度々「SAF(Sustainable Aviation Fuel/持続可能なジェット燃料)」について取り上げてきました。

【専門家コラム】近い未来、農業残渣・林業残材からSAFが作られる!

【専門家記事】大注目の「SAF燃料」とは?原料・利点・世界の動向

ご存じの読者も多いかと思いますが、念のため「SAFの定義」を改めて記しておきます。

「SAF」とは?
廃棄される油、動物の脂、廃材、バイオマスなどの「再生可能資源」を利用したジェット燃料(液体燃料)のこと。

つまり、廃油やバイオマスなどの「再生可能資源」を用いて製造されるのが「SAF」というジェット燃料です。

今回のカンファレンスで、特筆したいのは「SAF」をテーマとしたパネルディスカッションが“初めて”企画されたことでした。

パネルディスカッションには、全日本空輸(ANA)とキャセイパシフィック航空(Cathay Pacific)の「大手航空会社」2社が登壇したほか、航空機メーカーのボーイング(Boeing)の日本代表も参加していました。

このディスカッションで「SAFの必要性」が強調されていた点が、とてもインパクトがあり、印象に残っています。

2.そもそもなぜ、今「SAF」なのか?

ここで、読者の皆さんのなかには「そもそもなぜ今、SAFに注目が集まっているのか?」と疑問を持った方もいるかと思います。

そのため、ここ数年でどのような経緯があったのかについて、簡単にご説明したいと思います。

SAFへの注目度が押し上げられた理由の一つは、国際航空運送協会(IATA)の発言です。

具体的には「ヨーロッパに飛来する航空機の燃料は、2030年までに再エネ由来の燃料の割合を10%にしなければならない」という規制に関する言及でした。

グローバル規模で「脱炭素化」が推進されていますが「航空機燃料においても、化石由来燃料の割合を減らしていきましょう!」という提案がなされたのです。

当初、日本の航空業界は、この発言を「対岸の火事」として、それほど気にしていなかったと思います。

ところが、岸田首相が、IATAの考えに追従し、「国内の航空機燃料もこれに準ずる」としたことで、SAFへの注目度が一気に高まりました。

国際民間航空機関(ICAO)も、航空機から排出される二酸化炭素の排出削減に関するシナリオを提示しています。

出典:経済産業省「参考資料(持続可能な航空燃料(SAF))

このグラフを見ると分かる通り、航空業界において「二酸化炭素の排出量削減」のために、大きな期待が寄せられているのは「SAF」です。

国際航空運送協会(IATA/International Air Transportation Association)や国際民間航空機関(ICAO)などの巨大組織の「鶴の一声」は、航空業界に大きな影響力があります。

例えば、JALのコーポレートサイトには「SAF(持続可能な航空燃料)の開発促進と活用」というページが用意されており、SAFの調達については次のような目標を掲げています。

航空業界ではこれまで、使用燃料の削減という観点からCO2削減に取り組んできました。今後更に削減するためには、使用する燃料自体の質を変える必要があります。この観点から、欧米を中心とした世界各国でSAF(Sustainable Aviation Fuel)の開発や実用化が進められており、2030年以降の本格的な普及が予想されています。このような流れの中で、JALグループとしてもSAF利用のリーディングエアラインとなるべく、「2030年に全燃料搭載量の10%をSAFに置き換える」という目標を掲げ、官民で連携し、国内外のステークホルダーと 協働してSAFの商業化に取り組んでいきます。

出典:JAPAN AIRLINES「SAF(持続可能な航空燃料)の開発促進と活用

JAL以外にも、2030年時点で「ジェット燃料に占めるSAFの割合を10%にする」と宣言している航空会社は数えきれないほどあります。

出典:経済産業省「参考資料(持続可能な航空燃料(SAF))

以上の通り、化石燃料に頼りきりだった航空業界は「SAFの活用」という重大ミッションの遂行に向けて「SAF(液体バイオマス燃料)」の確保に奔走しているのが現状なのです。

3.SAFの需要増で懸念される事態とは?

以上の通り、航空業界で「SAF」への注目度が高まっている現状については、ご理解いただけたのではないかと思います。

ここで、皆さんに知っていただきたいのが「その先に、待ち受けている未来」についてです。

毎日、飛行機を飛ばす航空機業界が、SAFの確保に向けて舵を切ったら、どのような未来が待ち受けているのでしょうか?

さまざまな未来予測が考えられますが、その一つに「バイオマスがSAF原料の一つになる」ことが挙げられます。

一言でいえば「バイオマスの需要増」ですね。

現在では、ファストフードのポテトや天ぷら屋さんの揚げ油の「廃油」を用いるなどして、細々と「SAF」が製造されているのですが、それでは必要な量を満たすことができません。

IATA(国際航空運送協会)は、2024年6月2日に、SAFの生産量が2023年比で3倍となる「19億リットル」に達する予測を発表しましたが、それは、全世界が必要とする需要の「0.53%」に留まっている模様です(出典:YAHOO!JAPANニュース「IATA、24年のSAF生産3倍150万トン 増産へ解決策提案」)。

現時点で「SAF」の製造量は微々たるものなのです。

そこで、世界中で賦存量が豊富にある「廃材・農業残渣」などの「バイオマス」もSAF原料の一つとして、大きな割合で取り込まれることが予想されるのです。

5.バイオマス発電所が受ける打撃とは?

ペレットやチップ化される「固形バイオマス燃料」は、農業残渣も含めると、その賦存量が莫大なため「燃料の枯渇」に関してほとんど懸念されてこなかったと思います。

しかし、「SAFにバイオマス資源を奪われるかも知れない」という危機感から、バイオマス発電事業者は「木質系にこだわっていられない」と本能で感じ始めています。

そこで、農業残渣から固形バイオマス燃料を作ることにシフトし始めていますが、実はSAFの製造においても「農業残渣」が注目されています。

たとえば、SAF製造企業は「サトウキビ残渣」「バガス(tops&trashと言います)」「ソルガム(Sorghum)」などの活用を検討しています。

つまり「木質原料」と「農業残渣」の両方が取り合いの対象になるのです。

北米では森林資源(間伐材や林地残材/Forest left over)などの活用法として、既に「SAF製造事業」に目が向いています。

ですから、僕は、バイオマス発電所は、将来の「燃料調達」に安閑としていられなくなると思っています。

ちなみに、バイオマスからSAFを製造する技術開発については、世界中で繰り広げられており、過去のコラムでも取り上げています。

「農業残渣系SAF」のスタートアップ企業が、69億円の資金調達に成功したニュースなどは、SAFへのバイオマス活用への期待度がうかがえるものです。

よろしければ、以下の記事をご覧ください。

【専門家コラム】近い未来、農業残渣・林業残材からSAFが作られる!

6.SAFの需要増でバイオマスの需要が高まったら何が起こる?

実は、困るのは、バイオマス発電所だけではありません。

世界的な「脱炭素化」の流れのなかで、「火力発電所」「鉄鋼業界」「セメント業界」「ケミカル業界」などにおいても「バイオマスの大幅な需要拡大」が予想されているからです。

言ってみれば、これらの業界すべてが「バイオマス資源の取り合い闘争」に巻き込まれる可能性があると考えて差し支えありません。

「各業界で、なぜ将来的にバイオマスの需要増が予想されているのか?」については、過去記事で詳しく解説しています。

「バイオマスの大幅な需要増」が予想される業界
火力発電所【専門家コラム】「バイオマス燃料」の需要は“うなぎ上りに上昇”の可能性あり!
鉄鋼業界【専門家コラム】まだある!バイオマス燃料の需要が“右肩上がり”になる理由
セメント業界ケミカル業界【専門家コラム】セメント業界・ケミカル業界で「バイオマス」の需要が高まる理由

航空業界においても、バイオマスを原料とした「SAF」の活用が拡大すれば「バイオマスの取り合い」になるのは必然とも言えるのではないでしょうか。

これが、バイオマスに関する私の「未来予測」です。

7.一番の課題は「バイオマスの安定確保」である

現在、多くのベンチャー企業が「SAF」の製造に向けて技術を争い合っていますが、結局のところは「大量のSAFを作るためには原料確保が最重要課題だ」との考えに収れんされています。

現在、バイオマス原料の候補としては、

①木質の残渣(森林残渣、間伐材、未利用材、おが屑、鉋屑)
②農業残渣(サトウキビの茎は、ソルガムなどの早生草本類)
③殻系の農業残渣(アーモンド殻、カシューナッツ殻、ピーナッツ殻)

などが挙げられていますが、日本政府は「食料と直接・間接的に競合する原料は絶対に使ってはならない」と言っています。

つまり第一世代の農業残渣はダメ、第二第三世代の農業残渣だ、となっているのですが、今度はそこからバイオエタノールを生成し、さらに「SAF」にするまでが難しい状況です。

日本の名だたるOil&Gas業界のエネオス、シェル、出光興産などが熱心に検討を続けていますが、これと言った決定打はない状況です。

そうこうしているうちに2030年の規制が始まってしまうかもしれません。

SAFを確保できないと、JALもANAも「飛行機を飛ばせない」。

だからこそ、今は、とても深刻な状況なのです。

私自身も、今後の動向について、引き続き注視していきたいと思います。